【インタビュー】Aさん『難しいことはわかりませんが、50歳でも農業を始められますか?』

この記事をSNSでシェア!

農業を始めるのは、何歳からでも遅くはない!『難しいことはわかりませんが、50歳でも農業を始められますか?』では、50歳前後で農業を始めた先輩のインタビュー全文を公開。農業キャリアコンサルタント・深瀬貴範氏が、先輩たちが農業に出会ったストーリーや奮闘記に迫ります!


【PROFILE】

Aさん
59歳
前職:大手自動車メーカー

55歳で早期退職し、農業大学校で学んでから農業を営むAさん。週末に学校に通うのではなく、農家さんに研修に行くのでもなく、1年間農業大学校で勉強したAさんがどのように独立したかのお話を伺いました。

■目次

1:「地元に戻ってなにかやりたい」55歳で早期退職を決意
2:55歳で「農業学校1年生」に
3:春夏秋冬。さまざまな知識や技術を習得
4:直売所での販売をふまえた作物選び
5:会社員時代との違い
まとめ

 

1:「地元に戻ってなにかやりたい」55歳で早期退職を決意

 

深瀬 55歳で早期退職されて農業の道へ進まれたわけですが、なにかきっかけみたいなものがあったんでしょうか?

 

  48歳から7年間、関西のほうに単身赴任をしてました。関東に戻った段階で、仕事にひと区切りついたというか、やり切った感があったんです。この先も仕事を続けていても大きく変わることはないだろうと退職しましたが、実は50歳の頃から次のステップを考え始めてました。

 

深瀬 そのときには農業を考えたのでしょうか?

 

A  今の会社で働いて雇用延長してという選択肢もたしかにありましたが、「地元に戻ってなにかやりたいな」と考えていました。祖父が専業農家、父や親せきは兼業農家をしていたこともあり、農業という選択肢もあるかなと。

 

深瀬 そこから具体的に準備を始めたということですか?

 

A  具体的な準備というものではないですが、関西にいたときに「新・農業人フェア」に参加したりしてみました。準備といえばそのくらいでしょうか。

 

深瀬 農業を考えたプロセスをもう少し教えていただきたいです。

 

 特にこれといったものはなかったのですが、生まれ育った環境に農業がいつもあったのと、地元に戻ると耕作されていない農地が年々増える様子を目にしていたので、なんとか有効活用する手はないか思ったのもありました。それで、地元で農業をしようと思いました。どうせやるのなら、今から技術を学んで下地を作り、20年くらい農業をやってみようと考え、会社を退職しました。

 

深瀬 おじいさんやお父さんから、農地をもらったり、農業を学べたりする環境は残っていたのですか?

 

 いや、そういった環境は全くなく「ゼロ」からのスタートでした。

 

深瀬 農地はどのように手に入れましたか?

 

 もちろん、農業委員会に行き手続きをしました。私の場合はさほど大変ではありませんでした。

 

深瀬 農地探しは皆さん比較的苦労されてますが。

 

A   祖父母も両親も地元でずっと暮らしてきたこともあり、農地は借りやすかったです。だれだれの息子だとか、どこどこの家だとか、そういう地の利はあります。なので、その地域とは縁がなくても、始める前に地域とのつながりを探しておくのはとても大事ですね。今では「農地利用最適化推進委員」という、農地利用についての監視をする仕事も農業委員の方といっしょにしています。

 

2:55歳で「農業学校1年生」に

 

深瀬 55歳で早期退職をされて、技術を身につけようと日本農業実践学園の門をくぐったわけですね。

 

A  実は大阪の「新・農業人フェア」に行ったとき、日本農業実践学園の籾山(もみやま)学園長に出会い、そこからつながりが続いていました。農業の学び方について相談したところ、同学園をすすめられました。茨城県にはほかにも農業大学校があるのですが、年齢を考えたら同学園の社会人向けの農業実践力養成科(1年間)がよいと、4月から入学することにしました。

 

深瀬 農家さんに研修に入るとかの選択肢もあったかと思いますが、なぜ農業大学校にされたのですか?

 

  いきなり研修現場でやりながら農業を覚えるのと、土壌や植物についての基礎的な知識を持ったうえで農業をやるのとでは、技術課題の解決に差が出ると考えました。そこで、まずは学校で勉強をしようと思いました。いきなり現場に入ると、なかには「背中をみて覚えろ」的なこともあるかなと思い……(笑)。

 

深瀬 農業大学校に実際通ってみて、どんな知識や技術が習得できましたか?

 

  日本農業実践学園の場合、作物を育てる農業や有機農業だけでなく、稲作酪農畜産・農産加工と、幅広く実践知識を吸収することができます。さらに、就農に向けたセミナーへの参加、就農計画立案講座、6次化産業講座、農業簿記講座など、就農・営農に必要な内容をすべて網羅できるので後々役立ちます。あとは、植物生理学、生物防除学など、いろいろな専門知識を持った先生もいるので、将来的に独立して困ったときにアドバイスをしてもらえると思います。

 

  また、非常にためになったのは毎朝15分間の学園長のミニ講座でした。農業新聞のトピックス解説や土壌医の教科書から抜粋したピンポイント授業は、就農した今でもよい経験をしたと思っています。そのおかげで「土壌医2級」まで取得することができました。

 

深瀬 なかなか実践では身につかない内容ばかりですね。ほかにはなにかありましたか?

 

  学校は実習が8割、座学が2割ですが、その座学のなかで「農業は食べ物を作って世のなかに提供し、皆に分かち合う尊い仕事」という考え方「食物を育てる喜び」も学びました。農業は大変だし、すごく儲かる仕事ではありませんが、その考え方がベースにあるのでやりがいを感じています。

 

深瀬 農業続けていくうえで大事な考えですね。

3:春夏秋冬。さまざまな知識や技術を習得

 

深瀬 学校でAさんは農業を始める準備に入るわけですが、農作業や技術は実際どんな流れで学びますか?

 

A  育てる作物と季節で学ぶ内容が変わります。例えば、

・4月 水稲播種から育苗田植えからスタート。田植え機に初めて触れる学生もいて農業を学び始めたことを実感。
・5月 トマト・ナス・ピーマンの植え付けにサツマイモの苗作り。
・6月 果菜類の管理、サツマイモの植え付けを行い、同じ時期にジャガイモの収穫も行う。
・7~8月 夏野菜の収穫がピーク。この時期にハクサイ・ブロッコリーなど秋冬野菜の播種作業も行う。
・9~11月 稲刈りに、ネギ・ゴボウ・ナガイモなどの収穫。
・12~1月 ダイコン・ハクサイ・ニンジンの収穫。

これで終了です。今いえるだけでも、かなりの多くの実践を体験できます。

 

A  また、これとは別に、4月に個人の圃場(畑)を割り当てられるので、自分で栽培したい野菜を好きなように1年間育てられます。学園の直売所で販売もできるため、営農の実践勉強になります。

 

深瀬 卒業は3月かと思いますが、卒業間際の2月からはなにをやるのですか?

 

  2月からは、オンラインセミナー参加したり、フォークリフト資格の取得などの就農に向けた準備に入ります。

 

深瀬 卒業生は皆さん独立して農業をされるのですか?

 

A  高校を卒業して入った2年間コースの方や、若手の方は農業法人に就職する場合が多いですが、我々のような年齢の人は独立して農業を始める人が多いです。

 

4:直売所での販売をふまえた作物選び

 

深瀬 いよいよ自分で農業を始めるわけですが、当初イメージしていたように進められましたか?

 

A  入学前は、トマトなどの果菜類を施設栽培で行おうと思ってましたが、学校でいろいろな人に話を聞くうちに、施設栽培はハウスなどの初期投資が大きく、病害発生時のリスクが高いので初心者にはむずかしいと考えました。なので、露地栽培で始めることにしました。

 

深瀬 今はどんな作物を育てているのですか?

 

  今は、カボチャ・ゴボウ・スイカ・ショウガを1年間でリレー栽培しています。JAに卸したり、市場に持って行くほどの収穫量はないので、直売所での販売をメインに行ってます。

 

深瀬 直売所では、トマトやナス、ホウレンソウなどがよく並んでいる印象がありますが、なぜカボチャやゴボウなのですか?

 

  直売所では、売れ残ったものを毎日自分で引き取りに行く必要があります。葉物や果菜類は日持ちがしないので、売れ残ると商品がダメになってしまいます。その点、ゴボウなどの根菜類は日持ちがするのでほぼ完売します。なので、余った野菜を回収して、その再処理に悩む必要もないのです。直売所からは売れた量のメールが来るのでそれを見て納品に行きます。

 

深瀬 直売所のしくみを理解した作物選びですね。

 

  また、直売所での販売は、自分で野菜の値段は調整できるんですよ。

 

深瀬 それは安くするという事ですか?

 

  逆です。自分の作った野菜の価値をきちんと評価した価格設定をしています。野菜を栽培し、収穫し、きれいに袋詰めする。それにどれだけの時間をかけているか、なかなか消費者にはわかりづらいと思います。一連の作業を行っている自分だからこそ、たしかなものを提供しているという自信があるので、ほかの生産者より若干価格を高めに設定しています。それは、ちゃんとした商品を届けているという、お客様に対する自分なりのサービスだと思ってます。

 

深瀬 消費者の方も安心ですね。

 

5:会社員時代との違い

 

 

深瀬 ところで、収入は会社員時代と比べどうですか?

 

  それはもう全然比較にならないですよ、でも、子供も独立しているし、ローンも終わっているので、特に生活していくうえでは不自由はないです。幸いに、妻も仕事をしているので。

 

深瀬 実際に農業をやってみてどうですか?

 

A  農業を楽しめてます。言い方はよくないですが、上司もいなければ、部下もいないので、余計な気を使わなくて済みますしね(笑)。妻からは「会社勤めのときよりやわらかくなったね」といわれるんですよ。楽しそうに働いてるねって。

 

深瀬 いいお話ですね。Aさんは、農業でこの先なにか目指すものはありますか?

 

  今は地域の遊休農地を活用し、自分の農地を広げたいと思ってます。また、この地域は高齢のひとり暮らしの方が多いので、今後空き家も出てくると思うんですよね、なので、60代の仲間を巻き込んで、地域を活性化し、それを維持するために頑張りたいと思ってます。また、地域にいる30代の若手農家さんを、我々がバックアップするしくみをつくることも考えてます。

 

深瀬 農業だけでなく、いろいろな目標ができてのんびりしてられないですね。最後に、今まで苦労した点と、日本農業実践学園で勉強して得たものを教えていただけますか?

 

  特に苦労したことや困ったことはありませんでした。就農してからも作物はそれなりに順調に育っているし、作物のリスク分散も考えているので大きな損害もありません。ただ、農業は気候条件に左右されるので、水害や気温上昇に悩まされることも今後あると思っています。ここまで順調にこれたのは、学校で出会えた師匠のみなさんのおかげです。作業実習の先生はもちろんですが、学校を通して出会えた仲間や先生、学校で農作業を担当しているベテランさんなど、経験豊かな話や知識が豊富で本当に勉強になります。

 

深瀬 農業大学校で学ぶうえで、大切なことはなんでしょう?

 

 学校で学ぶうえで必要なのは「自分で積極的にやる」「教えてもらうという姿勢ではなく、自分で獲得するという姿勢でモチベーションを維持する」ことだと思います。ぜひ皆さんも自分に合った形で農業を始めてください。

 

 


まとめ

早期定年退職を機に農業を始められたAさん。変に力が入ってなく、自然体で農業に向き合っていると感じました。目の前にある農業を本当に楽しんでいる様子がわかり、話を聞いているこちらまで楽しくなりました。また、地域の今後まで考えているAさんの姿勢が素晴らしいなと話を終えました。そんなAさんのポイントは、

1.仕事のターニングポイントを自分で決め、計画して実行に移した

2.理論をきちんと理解したうえで始めようと、自分のスタイルで農業をスタート

3.農業大学校での出会いを大切にし、その後の農業経営に活かしている

4.販売方法に合わせて作物を選んだ。また、自分の野菜に自信を持っている

5.地域のこと、若手農家のことまで考えながら自分の目指す農業を決めている

 

*本コンテンツは『難しいことはわかりませんが、50歳でも農業を始められますか?』(深瀬貴範/小社刊)の付録として掲載しているものです。予告なく終了する場合がございます。こちらについてのお問い合わせは、下記までお願い致します。
株式会社淡交社 出版事業局 東京編集部 03(5269)1691