【インタビュー】Yさん『難しいことはわかりませんが、50歳でも農業を始められますか?』

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農業を始めるのは、何歳からでも遅くはない!『難しいことはわかりませんが、50歳でも農業を始められますか?』では、50歳前後で農業を始めた先輩のインタビュー全文を公開。農業キャリアコンサルタント・深瀬貴範氏が、先輩たちが農業に出会ったストーリーや奮闘記に迫ります!


 

【PROFILE】

Yさん
54歳 東京都
前職:流通系企業 営業・営業企画

繁昌知洋さん
33歳 東京都
繁昌農園 代表

新卒から約30年、流通業界大手でご活躍されていたYさん。54歳で大きく舵を切り、現在は農家さんで研修生として働きながら独立を目指しています。初めてお会いしたYさんは、たくましく日焼けして「いかにも農業やってます」という感じでした。

そんなYさんと、研修受け入れ先である繁昌農園代表の繁昌知洋さんにお話を伺います。繁昌さんは、2016年に東京都青梅市で農園を立ち上げた若手農家さん。農業と食を通じて都市と自然を結び、生きることを豊かにすることを目指しています。研修生を受け入れるかたわら、近くの川をきれいにするクリーンデーを企画したり、小学生に野菜の作り方を教えたり、地域の活動にも積極的に取り組まれています。

■目次

1:50代単身で転職活動。初めて考えた「農業で飯を食うこと」
2:会社員のときより健康になった心と身体
3:考えておきたい「農地」と「住居」のこと
4:どの順番で学ぶか、何歳で始めるかは関係ない
まとめ

1:50代単身で転職活動。初めて考えた「農業で飯を食うこと」

 

深瀬 最初にYさんの農業への入り口を聞いてみたいと思いますが、以前のお勤め先はかなりの大手なんですが、よく会社辞めましたね。よく辞められたというか……。

 

  辞めるときは周囲の人から「なんで辞めるの?」といわれましたね。

 

深瀬 ですよね。私もあえて伺いますが、なぜ辞めたのですか?

 

  28年間、新卒から頑張ってきたんですが、ひと言でいうと「つまらなくなった」って感じたんですよね。なぜ、この仕事をやっているのだろう? このまま無理して働くのも、意味がないように思えてきたんですよね。先々のキャリアもみえてくるし……。

 

  あと、自分の父親が亡くなったのが57歳だったんですよ。もし仮に、自分もそれほど長生きできないとしたら、自分の好きなことをやる時間ってそれほど多くないなって思ったんですよね。独身なので、そう考えたときにまず会社を辞めて、自分のやりたいことをみつけようと思ったんです。

 

深瀬 とはいっても、かなりのチャレンジですよね。

 

  確かにっ! 在職時は、国際関係の大きな仕事に関わったり、海外駐在もしてました。やりたい仕事をみつけてから転職しようと思ってたんですよね。実際、「うちにこないか?」と誘ってくれる会社もありましたし。しかし、ここは皆さんにもきちんとお伝えしたいことでもあるのですが、前職でいろいろと経験したとはいえ、50歳過ぎての転職はむずかしく、なかなかうまくいかなかったんですよね。

 

深瀬 50歳の転職活動は、思い通りの職業に就くことはむずかしい面もたしかにあるでしょうね。

 

  世のなかは意外と50歳には冷たいんだな……と痛感しました(笑)。なので、最初は農業ありきで転職活動をしたわけではなかったんですが、そのなかで「自分には肉体労働がよいのではないか」と思い始めたんです。そこで初めて「農業かな? 漁業かな?」と考え始めました。そのときに、農業を教えてくれる学校があるのを知り、それがたまたま1か月後の開講だったのでタイミング的にもドンピシャで入学できました。ここが農業との初めての接点でした。

 

深瀬 それはどんな学校だったんですか?

 

  株式会社マイファームさんが運営している「アグリイノベーション大学校」です。民間が運営する、農業の学校ですね。僕はここで農業へのモチベーションが上がりました。講義もわかりやすかったし、1年間みっちり勉強して「農業を飯を食う手段にしてみようかな」と初めて考えました。

 

深瀬 農業との偶然の出会いから動機づけまで、人生というのはどんな方向に道が本当にあるかわからないですね。お話を聞いて、まるでコメンテーターのような気持ちになりました。

 

2:会社員のときより健康になった心と身体

 

深瀬 実際に仕事にしようと考えたときのYさんにとって、農業はどういう存在ですか?

 

  農業は肉体的にしんどい、作業もしんどいです。でも、会社員の働き方と違います。あの頃と比べると、会社員のときが年間130日お休みだったとすると、そのお休みのために残りの235日を頑張る仕事のしかたでした。ですが農業は、365日それなりにエンジョイできるんですね。そういう感覚を持てたんですよ。この先きついこともあると思うし、努力がすべて報われるわけではないけど、積み上げたものが結果になる実感があるんですよね。

 

深瀬 すでに独立されている繁昌さん、どうですか? 今のYさんのお話について

 

繫昌  農業は自然相手の仕事、消費者に支えられている仕事。ですから、当然きついことも、厳しい環境に追い込まれることもあります。しかし、それは農業だけでなく、どんな仕事でも同じようなことはいえると思います。ただ、農業という仕事には「生きるためのものを作っている」という、とても人間らしい面があると思います。

 

深瀬 なんか、おふたりともいいお話しですね。ではYさん、実際に農業を始めてみて具体的にはどんな感じでしょう?

 

  実はもともと腰痛持ちなので、やはり腰に来るんですよ。なので、身体のメンテナンスには気を配っています。特に、ストレッチは毎日欠かさないようにしてますね。結果として、会社員のときよりは体調はよくなりました。睡眠時間も確保できてるし、便通もよくなりました。また、お酒も週5日飲むのですが、

 

深瀬 (飲み過ぎかな?Yさん)

 

  お酒の飲み方も変わりましたね。以前はお酒を飲んでいても、仕事の連絡がメールやSNSで頻繁に入って来るので、飲んでいるときも仕事に追われているような感じでしたが、今は1日の労働の終わりとしていい感じで飲めてます(笑)。

 

深瀬 それはうらやましいですね。

 

3:考えておきたい「農地」と「住居」のこと

 

深瀬 Yさんがこの先農業をしていくうえで、手に入れたいものはなんでしょう?

 

  今後の方針として、自給自足を最低限目指したいと思うし、農業を「社会とつながるツール」としてうまく活用したいですね。まず現在の目標は、独立を目指したいです。農地は問題なさそうですが、心配なのは住居です。今は、朝50分かけて通ってますが、できれば家の10分圏内に畑がほしいですね。なので、情報収集をしながらそれらを進めたいと思います。

 

深瀬 繁昌さん、この青梅地域の住宅事情はどうなんですか?

 

繫昌 やはり畑の近くに家が持てるといいですね。青梅市の場合、移住促進に力を入れているので、住む場所はこれから増えると思います。ただ、農業をやる場合、住まいのほかに作業場が不可欠なので、いわゆるマンション系の住居はあまり適さないと思います

 

繫昌 どうしても作業場がないと、出荷作業は軽トラの荷台で行なうか、小さいテントで作業しなければならないんですね。農地法上は、畑の地中にコンクリートを入れなければ、テントを作っても問題ありませんが、借りている農地だと「勝手にそういうものを建てられては困る」と地主さんにいわれたりすることもありますね。

 

深瀬 なかなか住居のほうもむずかしいですね。いわゆる不動産屋さんに空き家情報が出たりしないのですか?

 

繫昌 少ないですけど、たまに出ますね。地元の不動産屋さんが情報を持っているケースが多いです。ただ、古民家的な空き家はあるのですが、それを借りるのか・購入なのかを決める必要があります。賃貸だと、古くても手直しができないという面がありますが、いきなり購入するのも怖い気がしますよね。

 

繫昌 また、農家さんからすると、空き家を賃貸に出すにしても売りに出すにしても、キレイに修繕したり、リフォームしたりする手間がかかるので、それが大変だからそのままにしているという農家さんも多いと思います。

 

 知り合いの女性農家さんには、「自分で手直しするのでゆずってほしい」と農家さんに交渉した方もいました。また、余談ですが、近所で問題になっていた竹林の竹どろぼうを捕まえ、そのご縁で、竹林のオーナーさんが持っていた空き家を提供してもらった、という話も聞きました(笑)。

 

深瀬 そんなことがあるんですか! なにがきっかけになるかわかりませんね。

 

繫昌 ここ数年で、自分のまわりでも空き家を手に入れている方の話を何人か聞いているので、空き家はあるにはあると思います。でも、空き家の情報は地域に入り込まないとやはり手に入らないですね。例えば、「空き家があるけどお盆に親戚が集まるから人には貸せない」といってはいるが実際は親戚は来ていなかったとか、「息子が東京から戻ってくるから、空き家を残しておく」といっているけど、当の息子さんは東京で就職しているとか。自分の所有物なのでなかなか手放せない事情はあると思います。ですが、根気よく探せば空いている物件はみつかると思います。

 

4:どの順番で学ぶか、何歳で始めるかは関係ない

 

深瀬 Yさんの農業の話に戻しましょうか。農業技術の習得について、なぜYさんはアグリイノベーション大学校から繁昌農園の順番で取り組んだのですか?

 

  とにかく農業やるうえで栽培技術の習得は必要ですが、今から考えると自分はかなりスロースターターだったと思います。アグリイノベーション大学校で学んだあと、繁昌農園で実践を積むことによって勉強したことを振り返る形になりましたが、さらに栽培技術を高める必要性があると感じました。ただ、自分の場合は、学校で農業への動機づけが十分できていたので、先にアグリイノベーション大学校で学んだことは正解だったと思います。人によっては、実践を経験してから学校で理論を理解するなど、逆の方法でもよいと思います。

 

深瀬 学び方に順番はないのですね。さてYさん、何歳までやれそうですか?

 

Y  今もそんなに身体が動くわけではないけど、自分のできる範囲で農業をやり、可能な限り農業を続けたいと思います。

 

繫昌 この地域で畑に出ている最高齢は93歳。家族といっしょに農作業をやっているので、メインの労働力というわけではないですが。そして地域でいちばんの年下は67歳。

 

深瀬 単純に間をとると、平均80歳ですね。

 

繫昌 33歳の自分が入って、かなり平均年齢は下がったと思います(笑)。でも、定年後の会社員と、その同年齢の農家さんの体力は全然違います。パワーが(笑)。

 

深瀬 54歳のYさんは今研修生ですが、どんな感じで農業されてますか?

 

Y  今は研修生として、お給料を時給でいただいてます。最初は、「無給でもいいので研修させてください」と押しかけ的に来ましたが、今はありがたいことにお給料いただきながら働いてます。仕事内容は、季節に応じた野菜の栽培管理ですが、繫昌さんから毎日指示してもらって作業をこなしてます。その日にやったことは、家に帰ってその日中にノートにまとめて振り返ってます。

 

深瀬 雇用主の繁昌さんはYさんよりも約20歳年下ですが、やりづらさはないですか?

 

  それはまったく気にならないです。こちらは教えてもらう立場なので当然です。

 

深瀬 (こういう謙虚な姿勢が大事だな。)雇用主の繁昌さんはいかがですか?

 

繫昌 過去に初めて受け入れた研修生も54歳で、今は長野で独立就農されています。そのとき、年齢のギャップを感じることも最初はありましたが、皆さん人生経験が豊富で、自分が教えてもらうこともたくさんあるので勉強になります。プライドの高い方もなかにはいるのかもしれませんが、今までそういう方はいなかったですね。逆に、自分が教える技術を純粋に吸収していただいていると感じいます。年齢の高い方のほうが、農業にしっかり向き合う感じます。また、やる気のある人が多いですね。

 

深瀬 最後にYさん。今の自分を客観的にみてどうですか?

 

  この歳になって、自分のやりたい農業をやるってカッコイイと思ってます。地産地消ならぬ自画自賛ですが。

 

深瀬 (うまいこといわなくていいです。)

 

 


まとめ

52歳で会社を辞めてから農業の学校に行き、現在は研修先で農業技術を習得しているYさんと、研修受け入れ先の繁昌さんにお話を伺いました。雇用主と従業員という関係ですが、そういう雰囲気はまったくありませんでした。おふたりに共通して感じたのは、農業へ真正面から取り組む「熱」でした。そんなYさん、繁昌さんのポイントは、

1.農業の学校で農業へのモチベーションを上げた

2.実践研修を行うことで、学校で学んだことを振り返りながら技術を高めた

3.農業をやることで健康になった

4.地域に入り込んで住居の情報を手に入れる必要がある

5.研修先の雇用主との良好な関係を築いている

 

*本コンテンツは『難しいことはわかりませんが、50歳でも農業を始められますか?』(深瀬貴範/小社刊)の付録として掲載しているものです。予告なく終了する場合がございます。こちらについてのお問い合わせは、下記までお願い致します。
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