浅生ハルミンさんが、シブい趣味に会いに行く『江戸・ザ・マニア』

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浅生ハルミンさんが、シブい趣味に会いに行く

「江戸・ザ・マニア」

 

「盆栽」「金魚」「和時計」……

江戸っ子たちがどハマりして、エスカレートした趣味の世界。

今もそれらを楽しむ"マニア"な方々に、

イラストレーター・浅生ハルミンさんが話を聞いた

キラキラした趣味に乗りきれないすべての人に贈る、シブ趣味のガイド。

10月末刊行の書籍『江戸・ザ・マニア』から、「盆栽」の回をお届けします。

 


「盆栽」 生きている美術

さいたま市大宮盆栽美術館学芸員 田口文哉さん

 

 さいたま市にある大宮盆栽村は、土呂駅と大宮公園駅をまたがるように広がっている。どちらの駅からも歩くのが愉しい。盆栽の聖地と呼ばれる、盆栽育成が盛んな地域である。

 目的地のさいたま市大宮盆栽美術館まで町を歩く。信号待ちをしていると、地名表示の看板に「盆栽町」と書かれていることに気づく。うれしくて思わず写真に撮る。深沢七郎先生の『盆栽老人とその周辺』という小説を読んだときから、それ以来、ずっと来てみたいと思っていた。少し歩くと、マンションの名前にも、郵便局名にも、また電柱にも、地名の「盆栽」の文字が書いてある。町の建物はどこかしら和風の要素が自然にあしらわれて、盆栽の聖地にふさわしい感じがする。

 大通りからひとつ内側に広がる盆栽村の、小径に差しかかる。長い板塀や生垣で囲った風情のある家々。立派な赤松を林のように植えた家もある。武家屋敷の町に迷い込んだような、渋くて落ち着いた、木戸から普段着のお侍がひょっこり出てきても不思議ではない趣がある。背の高い建物はない。盆栽園の庭には、見たこともないような長い台に、盆栽が何列も並んでいて、陽がよく当たっている。

 

 

 さいたま市大宮盆栽美術館で、学芸員の田口文哉さんに、お話をうかがった。「この町は関東大震災を機に、東京の盆栽業者が、栽培に適した広くて水と土に恵まれた土地を求めて集まってきました。自発的につくられた珍しい町です」ということだった。昭和十一年(一九三六)頃は約三十軒、今は六軒の盆栽園があるそうだ。

 田口さんは昭和五十二年(一九七七)生まれ、盆栽美術館の学芸員になって今年(二〇一九年)で十年目。日本美術史を専門分野とし、その立場から盆栽を研究している。日本画全集をひもとき、盆栽が描かれた絵をくまなく調べたり、盆栽ブームの担い手だった明治生まれの「お父さん」の代表として、あの「波平さん」が盆栽とどのように付き合っていたかを研究するために、『サザエさん』六十数巻を読破したという。なんという面白い目の付けどころだろう。

 

 

 町の話をお聞きしたあと、美術館の展示を案内していただいた。教わるうちに、盆栽は技術を集約させた、並外れてハードコアな美術品なのだな、というギラギラした気持ちになってきた。

 座敷飾りを見る。「真」「行」「草」という三つの格式の座敷がしつらえてあり、床の間に盆栽がある。

「草」は瀟洒な雰囲気で、お茶を点てる台目畳も敷かれている。床柱や袖壁や中柱、掛け軸の淡い色の取り合わせに、私の脳内はふわぁっと素敵な成分で染まる。床の間の椿のつぼみ。赤いのとうす緑色の固いのを、ころんと二つ付けて可愛らしい。一見、竹筒の花器に挿した切り花に見えるけれども、幹や枝がうねるように伸びる「雲竜」という、これも盆栽だった。もっとよく見ると、竹筒だと思った花器は、竹をかたどった陶器で、羊歯を添えて雲竜椿を植え付けている。どこをどう見ても生け花なのに、生け花でもじゅうぶん愉しめるものを、手間をかけて盆栽に仕立てるところに、ハードコアを感じてしまう。洒落た遊び心が極まっていて、なんともすごい。

 

 

 枯れて白くなった幹がねじくり曲がってオブジェのような「真柏(しんぱく)」。松に似ているけれど松よりも葉がちりちりした木である。雷に打たれて幹が割れたような鬼気迫る形。歳月を経た幹や枝の一部が割れたまま枯れて、内側の白く変化した木質をありありと見せている。「ジン(神)」「シャリ(舎利)」という盆栽の見どころのひとつだ。幹は、表面から一センチ未満で水を吸い上げているので、中は枯れていても大丈夫だという。古木の老獪な迫力を出すために、わざわざ樹皮をめくったりもするそうだ。葉は緑色で生き生きとして、お互いを引き立てあうが、その対比を、ひと鉢の中で手を加えてつくるというのが、驚異の世界だ。

 

 戦前は、小さく育ってしまった木を見つけて採る、「山どり」という職業があったそうだ。「多平さんという名人がいたんですよ。特別な許可をとって、綱を一本腰に巻いて、命がけの仕事です。しばらくその土地で育てたところで、持ってきて手を加えます」

 ちょっとうっとりした。盆栽は人の手に渡って、何百年も生きているものがあるというから、多平さんの採ってきた木も、まだどこかの植木鉢で生きているかもしれない。

 

 屋外に出て、木の種類を田口さんに教わりながら、展示をじゅんぐりに拝見した。

「いわしで」という落葉樹は、白っぽく細かい枝をレースのように広げていた。繊細で美しい木だ。枝先には芽がいっぱい。枝越しの空が春っぽい。田口さんが枝を見上げて「枝だけになったのもまた、いいですよねぇ」と、心からこぼれるようにおっしゃった。葉が落ちたところも、枯れたところも、幹も根っこも、枝も葉も、木の形も、すみずみまで愛しいんだなあ。盆栽は、ひと鉢の中に、生命力がみっしり流れていると知った。

 

 それから美術館をあとに、盆栽園の集う小径を駅まで歩く。立派な門構えの由緒のありそうな盆栽園の前にトラックが停まっている。金髪の人がトラックで運んできた盆栽の根をバケツの水に浸して、仕事に励んでいる。外国から盆栽の修業に来ておられる人のようだ。上下白ジャージを着て、真柏を眺めているアル・カポネ風の紳士もいた。盆栽園の奥にある、とくに高そうなものが集まっている小部屋で一緒になった。「これはお高いでしょうね」と声をかけると、「家一軒分だね」ということだった。その左手首には、ギラギラ輝く金色の腕時計。はて、波平さんの腕時計は何色だっただろう。

 

 

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◉江戸・ザ・マニア

浅生ハルミン/著

価格 : 1,980円(税込)

B6判変型 並製 284頁(2色刷4頁)

発売日:2021/10/28

ISBN:978-4-473-04482-2

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浅生ハルミン

1966年、三重県生まれ。デザイン事務所勤務の傍ら、現代美術家としての活動を経て、現在はイラストレーター、エッセイストとして活躍。NHK Eテレ「オイコノミア」の番組内イラストレーションや、リビングセンターOZONEで行われた「日本人とすまい・家事」展のイラストレーションを手がける。おもな著書に「猫の目散歩」「三時のわたし」「猫座の女の生活と意見」など多数。『私は猫ストーカー』は2009年に映画化され、話題となる。

 

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開館15周年記念

浅生ハルミン ブック・パラダイス展

-猫と古本を愛してやまないあなたに

 

10月23日(土)から12月26日(日)

町田市民文学館 ことばランド

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