山崎ナオコーラさん連載【未来の源氏物語】第6回「『貧困』の描写」#3

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*イラストも筆者

平安時代の昔から現代まで、多くの人に愛されてきた『源氏物語』。

しかし、古代日本の価値観を背景に書かれた物語は、身分、見た目や性別による偏見が描かれ、

多様性を重んじる時代の価値観から見ると違和感を覚えることもあるでしょう。

そんな『源氏物語』を今の視点で楽しむには? 新たな「読み」の可能性を考えます。

 

第1回「どうやって時代を超える?」

第2回「見た目で判断していいの?」

第3回「『ロリコン』の読み方」

第4回「『マザコン』は悪いことではないけれど……」

第5回「『いわゆる『雨夜の品定め』」

 

第6回

「『貧困』の描写」


貧乏にうっとり

でも

忘れてはいけないこと

 

 

『源氏物語』の読者として有名な人に菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)がいますが、その孝標女は『更級(さらしな)日記』の中で「光の源氏の夕顔、宇治の大将の浮舟の女君のやうにこそあらめ」と書いています。

少女時代に憧れたヒロインは夕顔と浮舟だったみたいです。

このことについて、「手が届きそうなヒロインだから」「『自分でもなれそう』という勘違いを起こしやすいヒロインだから」という捉え方を研究界隈ではしがちですが、「貧乏の方が、うっとりする設定だから」ではないかな、と私は想像します。儚(はかな)い雰囲気、切ない感じ、ちょっと恥ずかしい感覚、恋愛どころか生き続けるのにも障害があるという苦しみ、それらが物語を盛り上げます。

 

いえ、『源氏物語』だけではありません。古今東西の文学が、貧困から生まれました。

 

執筆中の紫式部は、「高貴な読者は興味を持たないだろう」と心配したのかもしれませんが、実際には、貧しさは文学愛好者の大好物なのです。

 

貧困は死をも呼ぶ苦しいものなので、「うっとり」「盛り上がる」「面白い」といった言葉で表現することを嫌う人もいるかもしれませんが、現実世界で深刻な分、文学の中でぐらいは貧しさを面白がっていいのではないか、と私は思います。

 

ただ、性差別によって貧困が起こっている場合が多いことは忘れてはいけません。

 

ちなみになんですが、私は大学時代に、この「夕顔」を学んでいたとき、「夕顔は遊女だった」という説を先生が話していたように記憶しているのですが、今、そのことについて調べてみると、そのような文献はあまりなく、作中にもそれを決定づけるような記述は見つけられませんでした。

 

ただ、「夕顔は金に困っていた」、「この時代のこの性別の人間には、遊女になる以外に金を得る手段はほとんどなかっただろう」、「夕顔は自分から源氏に声をかけて積極的に恋愛を進めているが、この時代のこの性別の人で自分から恋愛を進める人はほとんどいないので稀有(けう)だ」、といった読みは確かにできるので、そのあたりから「遊女だったのでは?」という予想が出てきたのかもしれません。

それと、昔の文学研究者はどうしても性別への偏見から離れられなかったので、「遊女タイプ」「聖女タイプ」という二つのカテゴリーに登場人物を振り分けるのが好きだった、という理由もあるのかもしれません。

 

夕顔は、夕顔という素朴で可憐な花を扇に載せて光源氏に贈り、恋を始めます。そういう積極性を、「遊女のようで、魅力的だ」と捉えられがちだったのでしょう。

 

遊女だったのか遊女ではなかったのかはわかりませんが、どちらにしても、「経済力を頼るために恋愛をしている」という面はあったでしょう。

夕顔だけでなく、『源氏物語』に登場する多くのヒロインが、光源氏の経済力を頼ります。

 

「稼ぐ手段を持てない性別がある」という社会での恋愛には自由がありません。

文学の中においては面白いですが、自由のない社会は変えていかなければなりません。

現代小説では、このような不平等な恋愛ではない、新しい面白さがある恋愛を求めていきたいです。

 

最後に、光源氏は、貧しい庭の風景を楽しむことはしても、夕顔やご近所さんたちの生活の苦しさを思いやることはないので、そこは読んでいてちょっと物足りないですよね。

 

この時代の天皇や貴族は象徴ではなく執政者なので、「政治をやるなら、貧困についてもっと学んでくれ」ということは、思ってしまいますね。

 

やまざき なおこーら|

作家。國學院大學文学部卒業。卒業論文は『「源氏物語」浮舟論』。

「誰にでもわかることばで、誰にも書けない文章を書く」が目標。近著に白岩玄との往復子育てエッセイ『ミルクとコロナ』。

 

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このエッセイは「茶のあるくらし」をビジュアルに提案する月刊誌『なごみ』2021年6月号に掲載されたものです。

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