山崎ナオコーラさん連載【未来の源氏物語】第6回「『貧困』の描写」#1

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*イラストも筆者

平安時代の昔から現代まで、多くの人に愛されてきた『源氏物語』。

しかし、古代日本の価値観を背景に書かれた物語は、身分、見た目や性別による偏見が描かれ、

多様性を重んじる時代の価値観から見ると違和感を覚えることもあるでしょう。

そんな『源氏物語』を今の視点で楽しむには? 新たな「読み」の可能性を考えます。

 

第1回「どうやって時代を超える?」

第2回「見た目で判断していいの?」

第3回「『ロリコン』の読み方」

第4回「『マザコン』は悪いことではないけれど……」

第5回「『いわゆる『雨夜の品定め』」

 

第6回

「『貧困』の描写」


貧しさを

知らない源氏

 

 

 

今回は、貧しい家の繊細な描写があるシーンから始めます。

素敵なところなので、ちょっと長めに引用したいと思います。

 

秋の夜、恋人になったばかりの夕顔の家に、源氏が泊まります。

 

八月十五夜、隈(くま)なき月影、隙(ひま)多かる板屋のこりなく漏(も)り来て、見ならひたまはぬ住(すま)ひのさまもめづらしきに、暁近くなりにけるなるべし、隣の家々、あやしき賤(しづ)の男(を)の声々、目さまして、「あはれ、いと寒しや。今年こそなりはひにも頼むところすくなく、田舎のかよひも思ひかけねば、いと心細けれ。北殿(きたどの)こそ、聞きたまふや」など、言ひかはすも聞こゆ。いとあはれなるおのがじしのいとなみに、起き出でてそそめき騒ぐもほどなきを、女いとはづかしく思ひたり。えんだちけしきばまむ人は、消えも入りぬべき住ひのさまなめりかし。されど、のどかに、つらきも憂きもかたはらいたきことも、思ひ入れたるさまならで、わがもてなしありさまは、いとあてはかにこめかしくて、またなくらうがはしき隣の用意なさを、いかなることとも聞き知りたる様ならねば、なかなか、恥ぢかかやかむよりは、罪ゆるされてぞ見えける。ごほごほと、鳴る神よりも、おどろおどろしく踏みとどろかす碓(からうす)の音も、枕上とおぼゆる、あな耳かしかましと、これにぞおぼさるる。何の響きとも聞き入れたまはず、いとあやしう、めざましき音なひとのみ聞きたまふ。くだくだしきことのみ多かり。

 

白妙(しろたへ)の衣(ころも)うつ砧(きぬた)の音も、かすかにこなたかなた聞きわたされ、空飛ぶ雁(かり)の声、取り集めて、忍びがたきこと多かり。端近き御座所(おましどころ)なりければな、遣戸(やりど)を引きあけて、もろともに見いだしたまふ。ほどなき庭に、されたる呉竹(くれたけ)、前栽(せんざい)の露は、なほかかる所も同じごときらめきたり。虫の声々みだりがはしく、壁のなかの蟋蟀(きりぎりす)だに間遠(まどほ)に聞きならひたまへる御耳に、さしあてたるやうに鳴き乱るるを、なかなかさまかへておぼさるるも、御心ざし一つの浅からぬに、よろづの罪ゆるさるるなめりかし。

(新潮日本古典集成『源氏物語 一』より)

 

[ナオコーラ訳]

陰暦八月、今の九月の満月の夜のことだ。

まっすぐな月光が、隙間の多い板葺(いたぶ)きの家に漏れ入ってきて、源氏が見慣れていない貧しい住まいの景色を明らかにする。

夜明けが近づいたのだろうか、隣の家々から、身分が低い男たちの声が聞こえ、目が覚めたのだった。

 

「あーあ、すげえ寒いなあ。今年は米のできが期待できなくて、田舎に出かけていくことは考えられねえからさ、かなり不安……。なあ、北隣さん、聞いてるか?」

 

なんて言い交わしているのも耳に入ってくる。

細々とした各自の生計のために気ぜわしく立ち騒いでいる姿が自分の家のすぐ近くにあるということを、夕顔はきまりが悪いと思った。

ここは、もしも体裁(ていさい)を重要視して気取っている人だったら、恥ずかしさに耐えられず消えてしまいそうな場所だ。

けれども、夕顔は落ち着いて平気な顔を崩さず、恨めしいことも嫌なこともきまりが悪いことも、気に病んでいる雰囲気を出さず、態度としては、とても品よくおっとりとして、むき出しな隣家のはしたない会話を「なんのことだかわからない」という体で聞いている。

そのため、源氏からは、恥ずかしがって赤くなるよりも、ずっと良いように見えた。

 

そこに、ゴロゴロと鳴る雷よりも大きく、足で杵(きね)の柄を踏んで米をついている音がおどろおどろしくとどろいた。

枕の中から聞こえてくるのだと源氏は勘違いして、「ああ、やかましいな」と閉口する。

生活音など聞いたことのない源氏だから、それがなんの音かはまったくわからず、聞きなれない嫌な音だな、とだけ思ったのだ〈まあ、読みにくいかもしれませんが、身分の低い者の生活はこんな雑音が多いのです〉。

 

さらに、布を砧で打つ家事仕事の音がかすかにあちらこちらから聞こえてきて、それから空を飛ぶ雁の声など、あれやこれやの音もいっしょくたになって秋のさびしさを高まらせてくるので、耐えがたくなった。

外に近いところで寝ている源氏は、引き戸を開け、夕顔と一緒に覗いた。狭い庭に、おしゃれな呉竹が生えている。

植え込みの草木の上の露は、場末のこんな家でも源氏の邸宅と同じようにきらめいている。

虫たちの声が入り交じる。広い自宅では室内にいるコオロギの声だって遠くから聞くことに慣れているのに、耳のすぐそばで鳴いているように聞こえるのが新鮮でかえって面白いと感じられるのは、夕顔への深い愛という一点により、寛大な心が生まれたからだろう。

 

光源氏は金持ちです。

 

貴族として生まれ、他人の助けを借りながら悠々と生きてきたので、生活というものを知らないようです。金が足りない苦しみについては、想像すらしたことがないでしょう。

 

でも、夕顔は貧しい人々が住む界隈に住んでいます。

そこで、光源氏は「貧しい生活」に触れるのです。

いえ、夕顔だって、確かに金に困っているはずですが、実際の境遇よりもさらに悪く見えるように身をやつしているようですし、どん底の貧乏というのとは違うかもしれません。

 

この時代の日本に住んでいた人たちの大多数は、もっと貧しい暮らしをしていたはずです。

でも、光源氏はそこまでは思い及びません。

 

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このエッセイは「茶のあるくらし」をビジュアルに提案する月刊誌『なごみ』2021年6月号に掲載されたものです。

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