山崎ナオコーラさん連載【未来の源氏物語】第5回「いわゆる『雨夜の品定め』」#2

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*イラストも筆者

平安時代の昔から現代まで、多くの人に愛されてきた『源氏物語』。

しかし、古代日本の価値観を背景に書かれた物語は、身分、見た目や性別による偏見が描かれ、

多様性を重んじる時代の価値観から見ると違和感を覚えることもあるでしょう。

そんな『源氏物語』を今の視点で楽しむには? 新たな「読み」の可能性を考えます。

 

第1回「どうやって時代を超える?」

第2回「見た目で判断していいの?」

第3回「『ロリコン』の読み方」

第4回「『マザコン』は悪いことではないけれど……」

 

 

第5回

「いわゆる『雨夜の品定め』


 

もう二十年も前のことですが、大学時代、私と同じサークルの後輩三人が、部室のある三階のベランダから一階の渡り廊下を見下ろして、そこを通る人(後輩たちにとって異性に当たる人のみ)の顔を眺めながら、

「六十点」

「九十点」

「七十点」

と点数を言っては笑い合っていました。

相手には聞こえない声で、揶揄(やゆ)していたわけです。

「お前、ああいう子をかわいいって思うのかよ」とか、「趣味悪いな」とか、こづき合っていました。

私はその会話をちょっと離れたところで聞いていました。

 

今となっては、そのときに、「そんな失礼なこと、やめな」と止めに入るべきだった、と後悔しています。

でも、私も不出来な人間で、当時は「この会話を自分が止められる」と思いつきませんでした。

「もし私の顔も点数をつけられるとしたら三十点ぐらいだろうけれども、仲が良いから言われないんだなあ。

でも、遠い関係の人からは『三十点』などと言われているのかもしれないなあ」といった、自分中心の考えごとをぼんやりしただけでした。

 

三人のあの会話は、邪悪だったと思います。

悪口を言っているわけではありませんし、低評価は口にしていませんでした。

でも、たとえ高評価でも、他人に点数をつけるなんて失礼です。

言っている後輩たちも「悪いことをしている」という意識を持っていたように見えました。

偽悪的になって、「悪いことを言い合って、同性同士の仲を深めようぜ」というノリだったのに違いありません。

ただ、やったことは罪深くとも、本人たちが悪人かというと、まあ、いつもは普通の若者で、どっちかというと善人なのです。

私はその後輩三人と仲が良く、今でも好感を持っています。

私の立場からは、行為は憎んでも、後輩たちに対して悪感情はわきませんでした。

 

それと同じように、光源氏、頭中将、左馬頭、藤式部丞にも、私は悪感情を抱きません。

「中流の人がいい」って何ほざいてんだ、とは思ってしまいますが、若い人たちの会話であり、かわいい雑談、と聞けないこともありません。

 

「中流」としか

関係を築けない

光源氏の恋愛

 

 

そう、「雨夜の品定め」における恋愛談義で、「結局のところ、恋愛相手は、中流の人がいいよね」という結論が出るのです。

平安時代には身分制度がありますから、上流、中流、下流と人間をランク付けして考えるわけです。

 

上流の人は、周囲の人たちによってちやほやされますから、噂話の中で実際の人物以上になりがちです。

お姫様というのは女房たちに世話をされているので、仕事のできる女房に囲まれれば、素晴らしい人に仕立て上げられてしまうのです。

そういう人は恋愛相手としてつまらない、と頭中将は言います。

 

「いとさばかりならむあたりには、誰かはすかされ寄りはべらむ。取るかたなくくちをしき際(きは)と、優(いう)なりとおぼゆばかりすぐれたるとは、数ひとしくこそはべらめ。人の品(しな)高く生まれぬれば、人にもてかしづかれて、隠るること多く、自然(じねん)にそのけはひこよなかるべし。中(なか)の品になむ、人の心々、おのがじしの立てたるおもむきも見えて、分かるべきことかたがた多かるべき。下(しも)のきざみといふ際になれば、ことに耳たたずかし」

(新潮日本古典集成『源氏物語 一』より)

 

[ナオコーラ訳]

頭中将は、

「あのね、そんなひどい人には、いくらオレが間抜けだって、恋しないですよ。

まったく取り柄のないつまらない人と、理想的だとうっとりするような素晴らしい人は、どちらも滅多にいないんです。とにかくね、身分が高く生まれた人は、優秀な女房たちに補佐されて悪いところが隠されるから、はたからすると、自然にその雰囲気が立派な人に見えてしまいます。やっぱり、中流の人を相手にしてこそ、それぞれの気質やめいめいの標榜する個性的な面がこちらにもはっきり見えて、際立つ美点がたくさん感じられ、いい恋ができると思いますよ。でも、下層の身分の人となると、もう惹かれませんね」

なんて具合に、ひたすら「中流の人」を推(お)す。

 

ふむふむ、と光源氏は聞いています。

 

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このエッセイは「茶のあるくらし」をビジュアルに提案する月刊誌『なごみ』2021年5月号に掲載されたものです。

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