山崎ナオコーラさん連載【未来の源氏物語】第4回「『マザコン』は悪いことではないけれど……」#4

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*イラストも筆者

平安時代の昔から現代まで、多くの人に愛されてきた『源氏物語』。

しかし、古代日本の価値観を背景に書かれた物語は、身分、見た目や性別による偏見が描かれ、

多様性を重んじる時代の価値観から見ると違和感を覚えることもあるでしょう。

そんな『源氏物語』を今の視点で楽しむには? 新たな「読み」の可能性を考えます。

 

第1回「どうやって時代を超える?」

第2回「見た目で判断していいの?」

第3回「『ロリコン』の読み方」

 

第4回

「『マザコン』は悪いことではないけれど……


個人と個人を分けて

見ないのは変。

 

また、親を思う気持ちと性的な衝動を混同することに抵抗を覚える人も多いと思います。

親にも性別があることが多いですが、性別で親を見ることは子どもをハッピーにしません。

子どもの方から線を引くのは難しいですから、親が線を引かなくてはいけません。

アメリカなどでは子どもと一緒に入浴しないと聞きます。親の裸を見せることは性的虐待になるそうです。

 

もちろん、アメリカがスタンダードというわけではないし、日本には日本のやり方があると思います。

でも、子どものプライバシーに踏み込むこと、子どもに性的な刺激を不必要に与えることは、成長に悪影響でしょうから、控えないといけませんね。

私自身、今、四歳と一歳の育児中で、結構悩んでいます。子どもの体に必要以上に触ってはいけませんが、まだ自分で体を洗えませんし……。

 

この頃は、三歳くらいから始める性教育も広がっていて、それは性のしくみを教えるよりも、性犯罪の加害者や被害者にならないようにする指導から入ります。

「体のプライベートゾーン(水着で隠れるところ)は、人に見せたり触らせてはいけないし、人のを見ても触ってもいけないんだよ」というのを教えます。

だから、親の私も、子どものプライベートゾーンを見たり触ったりするのは、必要最低限にとどめます。

個人の親として育児をして、性的な存在としては育児をしません。性的な関わりは持たないようにするわけですね。

 

また、今は恋愛をしない人も増えてきていますが、もしも将来にパートナーを持つ場合、パートナー選びに親が関わってはいけないのが、現代という時代だと思います。

でも、『源氏物語』は古代の物語ですから、やはり、この辺りの線引きが曖昧なんですね。

桐壺帝が線を引かなかったから、光源氏は母への想いと恋愛を混同します。

 

「母に似ているから、藤壺様が好き」。

 

その後、十二歳で元服すると、異性との交流がマナー違反になるので、光源氏は藤壺と簡単には会えなくなってしまいます。

禁断の恋となると、さらに頭の中でヒートアップします。その後、藤壺と一度だけ想いを遂げ、不義の子をもうけるというドラマティックなことが起こりますが、藤壺が出家をして恋愛の可能性がゼロになると、藤壺本人を求めるのではなく、藤壺に似ている人を探すという人生に知らず知らずのうちにシフトしていきます。

 

『源氏物語』は恋の冒険譚なわけですが、光源氏はただのプレイボーイではありません。

モテることを楽しんでいる人物ではなく、あくまで、頭の中にある「理想の異性」をのみをじっと見つめていて、たくさんの人と恋愛しながらも、たったひとりの影を求めるまっすぐな道を進んでいます。

筋が通っています。

だから、読者は光源氏に惹かれるわけです。

 

でも、その「理想の異性」というのが、母親につながっているんですよね。

 

こういう「母恋い」の物語は、古今東西の文学に連綿と受け継がれていて、谷崎潤一郎の『吉野葛』『少将滋幹(しげもと)の母』などの短編小説は、「母恋い」の大傑作で、私は大好きです。

ただ、やっぱり、気持ち悪いです。物語としてのうっとり感はすごいのですが、幸せではないんじゃないか、誰かしらが傷ついているんじゃないか、とは思います。

 

「アニマ」「アニムス」という言葉がありますが、人間は頭の中に理想の異性を持っている、という考え方があります。

私も昔は、「恋というのは自分の頭の中にある異性像を追いかけることなんじゃないか」と思っていました。

でも、今では、「異性間でのみ恋が起こる」と考えてはいけないと気が付きましたし、「好みの形があるのではない。目の前の人の形に心がくっ付く」と思うようにもなりました。

目の前の個人に向き合わなければいけません。

 

ただ、『源氏物語』が面白いのは、「人間の目には、どうしたって、人と人がつながって見える。個人ではなく、グループに見える。入れ替わり可能な存在に見えてしまう。いけないことだとわかっていても、誰かと誰かを混同してしまう」ということがうまく描かれているからなのかもしれません。

 

光源氏が母親像を求めるのは幸せなことではないし、ちょっと気持ち悪くもあるけれど、「人間の変な見え方」が、やっぱりものすごく面白いのです。

 

やまざき なおこーら|

作家。國學院大學文学部卒業。卒業論文は『「源氏物語」浮舟論』。

「誰にでもわかることばで、誰にも書けない文章を書く」が目標。近著に『むしろ、考える家事』。

 


このエッセイは「茶のあるくらし」をビジュアルに提案する月刊誌『なごみ』2021年4月号に掲載されたものです。

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