山崎ナオコーラさん連載【未来の源氏物語】第4回「『マザコン』は悪いことではないけれど……」#2

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*イラストも筆者

平安時代の昔から現代まで、多くの人に愛されてきた『源氏物語』。

しかし、古代日本の価値観を背景に書かれた物語は、身分、見た目や性別による偏見が描かれ、

多様性を重んじる時代の価値観から見ると違和感を覚えることもあるでしょう。

そんな『源氏物語』を今の視点で楽しむには? 新たな「読み」の可能性を考えます。

 

第1回「どうやって時代を超える?」

第2回「見た目で判断していいの?」

第3回「『ロリコン』の読み方」

 

第4回

「『マザコン』は悪いことではないけれど……


 

でも、まあ、とにかく桐壺帝と藤壺は結婚し、藤壺は光源氏にとっての「義母」のような存在になります。

このとき、光源氏は八歳か九歳くらいのようです。後宮には他にもたくさん人がいるので、「義母」はいっぱいいるわけですが、藤壺は格段に若くて自分の年齢にわりと近く、また、「この人は母親に似ているよ」と周囲から聞かされるので、光源氏は特別に仲良くなりたいと願うのです。

現代にもステップファミリー(血縁でない親子関係を含んだ家族)はたくさんあります。

再婚相手に子どもがいる場合、その子どもの年齢にもよりますが、関係を築くのはなかなか難しいようです。

もちろん、うまくいく人たちもたくさんいます。

けれども、良好な関係を築けずに、児童虐待、性的虐待が起こってしまった、というケースも耳にします。

そのため、現代では、「親のパートナーであって、子の親代わりではない。

ただ身近な大人として、子どもとの関係に責任を持とう」という方向で最初の顔合わせに向かう人が多くなっているみたいです。

でも、桐壺帝は違います。「あなたは、光源氏のお母さんに似ている。お母さん代わりになって、かわいがってあげて」と十四歳の子に言っています。

 

母御息所(みやすどころ)も、影だにおぼえたまはぬを、いとよう似たまへりと、典侍の聞こえけるを、若き御ここちにいとあはれと思ひきこえたまひて、常に参らまほしく、なづさひ見たてまつらばやとおぼえたまふ。上(うへ)も限りなき御思ひどちにて、「な疎(うと)みたまひそ。あやしくよそへきこえつべきここちなむする。なめしとおぼさで、らうたくしたまへ。つらつき、まみなどは、いとよう似たりしゆゑ、かよひて見えたまふも、似げなからずなむ」など聞こえつけたまへれば、をさなごこちにも、はかなき花紅葉(もみぢ)につけても心ざしを見えたてまつる。

(新潮日本古典集成『源氏物語 一』より)

 

[ナオコーラ訳]

光源氏は母親の顔立ちを記憶していないが、

  「藤壺様は、お母様にとてもよく似ていらっしゃいますよ」

と典侍が言うので、なんだかとても懐かしいような気がしてきた。光源氏は、「いつも藤壺様の側にいたい」と願い、「仲良くなってずっと顔を見ていたい」と思うようになった。

桐壺帝にとって、藤壺と光源氏は二人ともものすごく愛おしい存在だから、

「藤壺さん、光源氏を疎んじないであげてくださいね。なぜか、あなたを光源氏の母親に見立ててもいいような気持ちになるんですよ。無礼だなんて思わずに、光源氏をかわいがってあげてください。顔立ちや目元など、光源氏と桐壺更衣はとても似ていたから、光源氏と藤壺さんも子と母のようで、お似合いに見えますよ」

と藤壺に頼む。

そうして光源氏は、まだ幼いとはいえ、世の大人のラブレターのように、なんでもない春の花や秋の紅葉につけて「藤壺様をお慕いしている」という心のほどを伝えようとする。

 

このシーン、光源氏や桐壺帝の視点からすると微笑ましく、親子愛のような、初恋のような、少年の甘酸っぱい想いが描かれていて、キュンとしながら読める気もするのですが、十四歳の藤壺の視点に寄り添ってみると、酷だな、とも感じられます。

そもそも、桐壺帝は、結婚の前、藤壺の母親が「桐壺更衣がいじめに遭って苦しんだ場所に娘を行かせるなんて……」と尻込みしていると、「自分の娘たちと同じように遇しますよ」と説得して入内(じゅだい)を進めたのです。

つまり、藤壺と桐壺帝は娘と父親のような関係でもあるということですよね(なんだか、複雑ですが……)。

 

そんな十四歳の少女に、「母親役」のイメージも押し付けちゃうっていうのは、どうなんでしょうか?

もちろん、桐壺帝に悪気はありません。桐壺帝は、やさしい人なんです。立派な天皇です。

けれども、差別の加害者は、大概、善意の人なんです。

「その性別だったら、たとえ子どもでも、『母親役』を与えて構わない」と、つい思ってしまう。

性別が同じなら、役割交代ができる。顔が似ているなら、入れ替わることができる。

個人として人間を認識できず、属性だけで人間を見てしまうのです。それはやっぱり、差別ということなんじゃないかな、と思います。

ここに、「マザコン」の問題が出てきます。

 

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『マザコン』は悪いことではないけれど……」♯1へ

「『マザコン』は悪いことではないけれど……」♯4へ

 


このエッセイは「茶のあるくらし」をビジュアルに提案する月刊誌『なごみ』2021年4月号に掲載されたものです。

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