山崎ナオコーラさん連載【未来の源氏物語】第2回「見た目で判断していいの?」♯4
*イラストも筆者
平安時代の昔から現代まで、多くの人に愛されてきた『源氏物語』。
しかし、古代日本の価値観を背景に書かれた物語は、身分、見た目や性別による偏見が描かれ、
多様性を重んじる時代の価値観から見ると違和感を覚えることもあるでしょう。
そんな『源氏物語』を今の視点で楽しむには? 新たな「読み」の可能性を考えます。
第2回
「見た目で判断していいの?」
当時の読者は位の高い人の方に気持ちを寄せて読むのでしょうから、光源氏に視点を合わせ、ほんわかした遣り取りを思い浮かべるだけで読み進めたかもしれません。
でも、現代の読者は、「ネタ」にされてしまっている末摘花の方にも気持ちを寄せるでしょう。
自分がいない場所で、自分の顔立ちをネタにして遊んでいる人たちがいることを、それも自分が信じ愛している人がそれをしていることを、末摘花はどう感じるでしょうか?
現代の読者は、赤い鼻を笑うことに抵抗を覚えずにはいられません。
光源氏と紫の上が楽しいのはわかるけれども、末摘花の気持ちを忘れて、単に「楽しいシーン」として捉えることはできず、複雑な思いでページをめくることになります。
光源氏は十九歳、紫の上は十歳ちょっと、というぐらいの時期のことなので、考えが行き届かないのも、遊びをやり過ぎるのも仕方ないのかもしれません。
でも、容姿をいじる、というのは、かなり悪どいことです。
この世界には、様々な「人種」の人がいて、生まれつきの「障害」がある人もいて、あるいは、病気にかかって容姿が変化する人もいます。
自分が属する社会で「平均的」とされている容姿から外れる人を嘲笑するのは、人倫に悖(もと)ります。
鼻の赤さを欠点として捉えるのは、現代では決して許されないことです。
もしも、現代小説において、この表現を用いてしまったら、校閲でチェックされて訂正を入れることになると思います。
あるいは、そのまま掲載されてしまった場合は、「炎上」してしまうでしょう。
モラルを超えて、正直、
甘い気持ちにはなる、複雑な読書
けれども、……どうでしょうか?
このシーンを読んで、甘美な感情はまったく湧かなかったでしょうか?
正直な思いを言います。私は、このシーンを読むと、甘い気持ちになります。いけない遊びをしている二人に、うっとりしてしまいます。
実は、私は自分の顔を「ブス」と嘲笑された経験を持っています。インターネットに自分の写真を勝手に貼られ、誹謗中傷の言葉を並べられて、ものすごく嫌な気持ちになったことがあります。だから、容姿の話が好きではないんです。
それなのに……。美しい二人が「ブス」を愚弄して遊ぶシーンを、スイートに感じてしまいます。
どうも、これが人間のようです。
モラルを逸脱している登場人物の話を読めないようには、人間はできていないのです。
人間の嫌な部分を楽しめます。
そして、その嫌な部分を知ってこそ、容姿差別に打ち勝てるような気もしてくるのです。
容姿にまつわる物語に蓋をするのではなく、人間に残酷な部分があることを認識してこそ、この冷たい世界を生きていく活力が湧いてきます。
平安時代の読者のように、素直にはこのシーンを読めません。
現代の読者は、複雑な思いを抱かずに読書ができません。
でも、この複雑な読書は豊かです。
その後、末摘花は一時、光源氏に忘れられてしまい、さらに貧しく、落ちぶれます。
けれども、最後には光源氏は末摘花を思い出し、妻のひとりとして二条東院に迎えます。
だから、これまでは、末摘花を「幸せ」と定義する読書がなされてきたようです。
でも、容姿差別をなくす動きが盛んな現代の読書においては、末摘花を「幸せ」と捉えるのはなかなか難しいです。
「位が高くなくても、かっこ良くなくてもいい。
末摘花を哀れんで金をくれる光源氏なんかではなく、貧しくてもいいから、本当に末摘花を理解し、赤い鼻を愛してくれる人と出会って欲しかった。
『“ブス”なのに面倒を見てもらえて幸せだった』なんて満足できない。末摘花が、ちゃんと愛してもらえる結末が欲しかった」と私は思ってしまいます。
ただ、そう思いながらページを閉じる読書もまた、面白いのです。
やまざき なおこーら|
作家。國學院大學文学部卒業。卒業論文は『「源氏物語」浮舟論』。
「誰にでもわかることばで、誰にも書けない文章を書く」が目標。近著に『むしろ、考える家事』。
このエッセイは「茶のあるくらし」をビジュアルに提案する月刊誌『なごみ』2021年2月号に掲載されたものです。
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