山崎ナオコーラさん連載【未来の源氏物語】第2回「見た目で判断していいの?」♯3

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*イラストも筆者

平安時代の昔から現代まで、多くの人に愛されてきた『源氏物語』。

しかし、古代日本の価値観を背景に書かれた物語は、身分、見た目や性別による偏見が描かれ、

多様性を重んじる時代の価値観から見ると違和感を覚えることもあるでしょう。

そんな『源氏物語』を今の視点で楽しむには? 新たな「読み」の可能性を考えます。

 

 

第2回

見た目で判断していいの?


 

源氏と紫の上の

残酷な遊び

 

そう、今回は、末摘花(すえつむはな)の話をしたいと思っています。

末摘花は、『源氏物語』の中で唯一美しくないヒロインです。

 

「ブス」とは書かれていないけれども、そういう立ち位置に定められています。

『源氏物語』の中の顔立ちの表現は、素晴らしい、美しい、といった、通り一遍の抽象的な褒め言葉がほとんどです。

たくさんの人物が出てきて、光源氏や薫大将(かおるのたいしょう)たちの恋愛相手になりますが、そのほとんどが、素晴らしい美人です。

 

でも、末摘花だけがそうではなく、不美人です。

しかも「どういう顔なのか」が書かれています。顔の下半分が長い、だとか、鼻が赤い、だとか、容姿を具体的に表現されています。

 

ちなみに、末摘花は紅花(べにばな)の異名です。赤い花が咲きます。

鼻が赤いことから、末摘花を絡めた歌を光源氏に詠まれてしまい、読者から末摘花と呼ばれることになったお姫様です。

若き光源氏は、悪友たちとの雑談の中で知った「上流階級よりも、ちょっと下の中流階級の方に美しい人がいる」という説を信奉するようになっています。

 

そうして、「元々は高貴なのに、今は落ちぶれて困っている、美しいお姫様がいる」という噂を耳にして、「不遇な姫君」すなわち末摘花に興味を示します。

友人且つライバルである頭中将(とうのちゅうじょう)と競い合うように末摘花に接近します。

暗がりの中でどんどん恋愛を進めます。

 

ところが、恋が成就して、朝になり、明るい中で顔を見て、噂に反して「不美人」だった、とわかりました。

たくさんの美人が登場する『源氏物語』の中で、末摘花は異質です。

けれども、物語の中では、かなり早い段階での登場になります。

 

おそらく、紫式部にとっても、「不美人のヒロイン」は初期に思いついた大事なアイデアだったのではないでしょうか?

巻の順番通りに執筆されたのではないとしても、五十四帖ある『源氏物語』の中の六巻目が「末摘花」です。

光源氏の最愛のヒロイン紫の上と出会ってすぐあとにこの末摘花との恋愛事件が起こっており、紫の上とのエピソードにも絡んできます。

 

光源氏は、まだ子どもである紫の上と、人形遊びをしたり、お絵描きをしたりして遊んでいます。

お絵描きをしながら、ふと末摘花のことを思い出して、描いていた人物画の鼻を赤く塗ります。

光源氏は、これは変な顔だな、と思ったあと、今度は自分自身の鼻をふざけて赤く塗ります。

 

 わが御影(みかげ)の鏡台にうつれるが、いときよらなるを見たまひて、手づからこのあかばなをかきつけにほはして見たまふに、かくよき顔だに、さてまじれらむは見苦しかるべかりけり。姫君見て、いみじく笑ひたまふ。「まろが、かくかたはになりなむ時、いかならむ」とのたまへば、「うたてこそあらめ」とて、さもや染(し)みつかむと、あやふく思ひたまへり。空(そら)のごひをして、「さらにこそ白まね。用なきすさびわざなりや。内裏(うち)にいかにのたはむとすらむ」と、いとまめやかにのたまふを、いといとほしとおぼして、寄りて、のごひたまへば、「平中(へいちゅう)がやうに色どり添へたまふな。赤からむはあへなむ」と戯(たはぶ)れたまふさま、いとをかしき妹背(いもせ)と見えたまへり。

(新潮日本古典集成『源氏物語 一』より)

 

[ナオコーラ訳]

 光源氏は、鏡台に映った自分の姿がとても美しいのを確認したあと、赤鼻にしたらどうなるんだろうか、と自分の手で鼻先に色を塗った。ふうむ、自分のような美しい顔だって真ん中に赤鼻があれば醜くなるのも当然だ。

 紫の上は、光源氏のその顔を見て、けらけら笑う。

 「僕が、こんな欠点のある顔になったとしたら、どう思う?」

 と光源氏が尋ねると、

 「嫌に決まってるよ」

 そう言ったあと、このまま本当に鼻が赤く染まってしまったらどうしよう、と紫の上は心配そうな顔をした。

 光源氏は拭き取るマネだけをして、

 「あれ、ちっとも取れない。つまらないいたずらをしてしまったなあ。これじゃあ、帝(みかど)に怒られてしまう」

 真面目くさって言うので、紫の上はかわいそうになって近寄り、一所懸命に拭いてあげる。

 「『平中物語』の平中が墨を顔に塗ってしまったときみたいに真っ黒にはしないでね。赤いのはまだ我慢できるんだけどさ」

 なんて言う。こんな風にふざけ合っているところは、お似合いの夫婦のようにも見えた。

 

ここは、若き源氏とあどけない紫の上がふざけ合う他愛のないシーンとして描かれています。

(ちなみに、『平中物語』云々というのは、平安時代の恋愛の名手である平中が、恋愛時に目を水で濡らして嘘泣きをしては相手の気を引いていたところ、それを知った妻がこっそりその水に墨を入れておいたため、あるとき、また嘘泣きをしたら顔が真っ黒になってしまった……、というエピソードを引き合いに出して、「黒い鼻より、赤い鼻の方がマシだよ」と光源氏がおどけています)。

楽しそうな空気が滲む描写です。

 

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「見た目で判断していいの?」♯2へ

 


このエッセイは「茶のあるくらし」をビジュアルに提案する月刊誌『なごみ』2021年2月号に掲載されたものです。

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