山崎ナオコーラさん連載【未来の源氏物語】第1回「どうやって時代を超える?」♯3

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*イラストも筆者

平安時代の昔から現代まで、多くの人に愛されてきた『源氏物語』。

しかし、古代日本の価値観を背景に書かれた物語は、身分、見た目や性別による偏見が描かれ、

多様性を重んじる時代の価値観から見ると違和感を覚えることもあるでしょう。

そんな『源氏物語』を今の視点で楽しむには? 新たな「読み」の可能性を考えます。

 

 

第1回

どうやって時代を超える?」♯3


紫式部も

時代に縛られていた

次に、社会規範の話をしたいと思います。

現代に『源氏物語』を読むとき、実は、壁になるのは言葉だけではありません。するりと受け取れない、「読みにくい」と感じられる要素が、もうひとつあるのです。そう、社会規範です。

今は、多様性を重視する時代です。

たとえば、性役割についての議論が盛んに行われています。ジェンダーバイアス(性別による役割分担に対する固定観念、性別への偏見による評価や扱いの差別)をなくす動きがあちらこちらに出ています。

だから、性別によって生き方が規定される物語に壁を感じてしまう現代人は多いと思います。

 

『源氏物語』は古代の物語ですから、登場人物たちは現代の社会規範とはまったく違うところで生きています。現代人の目線から見ると、「ひどい」と感じられる箇所がたくさんあります。

作中では普通の恋愛のように描かれていますが、現代のできごととして捉えるならば、レイプや誘拐といった犯罪になるシーンが結構あります。

マザコン、ロリコン、ルッキズム(容姿差別)、その性別ゆえに起こる貧困、不倫、誰かと顔が似ているというだけで愛されることになる、子どもを産まないことを「不幸」と規定される、親から子どもを取り上げて別の人に育てさせる……、現代のできごととして捉えるならば受け入れ難い描写がかなりあります。

 

また、身分制度もむごいです。生まれつき、どのように扱われるかが決まっていて、上下関係が定められます。どんなに努力を重ねても、その関係性は動くことがありません。

令和の時代においては、「マザコンとかロリコンとかって、苦手なんだよね……」「差別的な文章はちょっと読む気になれなくて……」といった思いから、『源氏物語』を避けてしまう方もいるのではないでしょうか?

 

現代語訳や外国語訳がたくさん出ている『源氏物語』です。

言葉の古さを超えられる現代語訳をしよう、という仕事にはこれまでたくさんの人が挑戦してきました。でも、社会規範の壁をどうするか、ということは、あまり行われてこなかったように思います。

「紫式部は、ヒロインたちに出家をさせたり、浮気をするパートナーに対して不満げな顔をさせたりすることで、性別による限界から解き放とうとしていた」といった、紫式部を進歩的な作家として捉えようとする意見を目にすることはありますが、私はこの考え方には限界があると考えています。

社会規範も、言葉と同じく、ひとりの人間が生み出したわけではありません。

ホモサピエンスが社会を作り始めて、なんとなく社会規範ができあがりました。誰かひとりがコントロールしたのではなく、たくさんの人間たちが交わる中で社会規範は変化を続けました。その土壌から文学作品が生まれました。

 

ものすごく進歩的な作家が、周囲の社会規範に関係なく、ポンとまったく新しい概念を打ち出す、ということはまずあり得ません。

私は、紫式部を現代作家と同じような存在と捉えて「進歩的な作家」と崇めることには反対です。

平安時代の素晴らしい物語作家だった、と捉えています。

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このエッセイは「茶のあるくらし」をビジュアルに提案する月刊誌『なごみ』2021年1月号に掲載されたものです。

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